No.A004
年齢 | 42 歳 |
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性別 | 男 |
死亡年月日 | 1945/09/12 |
剖検年月日 | 1945/09/12 |
被爆距離 | 1100 m |
被爆時地名 | 上流川町(広島女学院横) |
出典:国土地理院の空中写真(1945-1950撮影)を加工して掲載
被爆状況
日本家屋の屋内で被爆しました。ガラスの破片で両手に裂傷を負いました。
症状の経過
被爆当日、はきけと嘔吐がありました。下痢も始まり、死亡するまで続きました。
9月5日逓信病院に入院しました。口内炎、歯肉炎、咽頭炎、出血斑がみられました。発熱もありました。入院時の検査では、白血球は2,800/μlとやや低値でした。脱毛は9月5日に始まりました。
当時の記録からわかること
栄養不良状態でした。毛髪は著しくうすく、古い点状出血が全身にみられました。
左肺は一部肺気腫状、一部浮腫状でした。肺内には、少数の小さな出血がみられました。
盲腸には様々な大きさのいくつかの潰瘍があり、最も大きいものは直径2cm程でした。大腸では、横行結腸の中部にひとつ、境界のはっきりとした潰瘍が見られました。
左腎は無数の点状出血が表面と割面にみられました。膀胱粘膜にも多数の点状出血が見られました。
左の扁桃腺は腫れており、小さな潰瘍がありました。
病理組織標本からわかること
この方は骨髄の標本しか残っていません。
まとめ
残っているのは骨髄の標本のみですので、他の臓器については当時の記録を参照し、推測しました。
骨髄の標本にみられる造血細胞の減少は、放射線の影響と考えられます。巨核球の減少によって、出血傾向がみられ、全身臓器・組織に新しい点状出血と古い出血がみられます。白血球の減少による免疫力低下があったために歯肉炎や口内炎を生じたと思われます。
大腸の潰瘍性病変も、感染によるものである可能性があります。
両肺の急性うっ血が直接死因であることが考えられますが、その原因についてはこれらの所見からはわかりません。
- 作成日
- 最終更新日
- 2022/01/31